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【中編】特別対談 “林業と結わえる” 古川ちいきの総合研究所 古川大輔 × 結わえる 荻野芳隆
読み物 よみもの 林業 特別対談

【中編】特別対談 “林業と結わえる” 古川ちいきの総合研究所 古川大輔 × 結わえる 荻野芳隆

古川ちいきの総合研究所の代表取締役 古川大輔さんは、結わえる代表 荻野芳隆とは船井総合研究所株式会社時代の同期で、それぞれ林業と食・健康という異なるアプローチでともに「地域を元気にしたい!」という熱い思いで、切磋琢磨してきた仲間です。
結わえるは「気持ちいい生活と気持ちいい世界を結わえる」ことと「伝統的な生活文化と現代の生活文化を結わえる」ことをビジョンに掲げ、玄米を中心にした食事から体を想い、食材を想い、生産者を想い、自然を想うことを結わえています。
前回から林業のエキスパートである古川さんがどんな仕事をしているのか、なぜ林業に携わるようになったのか、ということをお話いただきました。中編では林業の課題や歴史に踏み込んで話していきます。

前編はこちら
後編はこちら

■TOPICS

・林業の歴史
・針葉樹と広葉樹
・林業の課題にまつわるモアモア感
・人が山で暮らさなくなったことが問題
・探偵業から始まる林業
・花粉症にまつわる問題
・市場規模の小さい林業

林業の歴史

荻野:林業の歴史について、わかりやすく教えてください。


古川:日本の歴史は縄文時代から始まりますが、その時代みんな森に暮らしていて木を植えたり、木をうまく使っていたというふうに言われています。弥生時代に入り農業が始まり平地に暮らすようになっていき、奈良時代に仏教が伝来して各地に神社仏閣が建てられることにより、全国の木がどんどんなくなっていったらしいんですよ。

それ以降も戦国時代にお城を建てたり、木材がどんどん使われて、江戸時代ぐらいから木を植えていこうという流れがあったそうです。

荻野:そんなに古いんですね。

古川:奈良県吉野郡川上村には、1500年ごろ(文亀年間)に植林したという記録が残っており、人が手を入れて育てる人工林の歴史はもう500年ぐらい前からあると言われています。

江戸時代に入って一部の地域で山をしっかり作るという文化が育ちましたが、明治に入って戦争でエネルギーとして使うために木材が伐採されていきました。実は戦後より戦前の方が日本の木材をいっぱい伐採しているんですよ。

終戦後、禿山になった森に植林するため、仕事がない人々や、シベリア抑留から解放された人々に仕事を与えるためという理由もあって、国策で木を植える「拡大造林」という施策が始まりました。

拡大造林とは:1950年代以降、それまで燃料としての役割を担っていた木材から、石油やガスが主流となり、燃料木材だった広葉樹の需要が減り、逆に建築用材として杉・檜などの針葉樹の需要が増えたため、燃料用に伐採された跡地に針葉樹を多く植林するようになった。

参照:https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/25hakusyo/pdf/6hon1-2.pdf

針葉樹と広葉樹

荻野:針葉樹と広葉樹の違いはわかりますか?

結わえるスタッフ:尖った葉っぱと丸い葉っぱ。

荻野:そうですね、植林しているのはほとんどがスギ・ヒノキなどの針葉樹なんですよね。

植林のやり方については、広葉樹を伐採して針葉樹を植えたんですか?それとももともと空いているところに針葉樹を植えたんですか?

古川:広葉樹を伐採してなくなったところに針葉樹を植えたり、戦後焼け野原になったところに植えたりしています。「薪炭林(しんたんりん)」というのですが、薪や炭の原料となるような木材として使ったために広葉樹はなくなっているんですね。それで禿山になって、日本で古来から建築物にも使われてきた針葉樹であるスギ・ヒノキを植えるのが一番いいだろうということで、育ちやすいということもあり、針葉樹をたくさん植えていったようです。

荻野:日本の国土の7割は森林ということですが、今何割ぐらいが針葉樹なんですか?

古川:スギ・ヒノキを中心とした、人が植えたと言われる人工林は森林全体の40%ぐらいですね。その中にはカラマツ、エドマツ、トドマツなんかの人工林も含まれます。

荻野:残り60%は天然林なんですか?

古川:そうですね、正確に言うと、1割弱ほど、木ではない無立木地・竹林となっていて、5割強ほどが、天然林となっています。その天然林の中に、都市近郊の里山や神社の森なども若干に含まれています。基本的には広葉樹を含む天然林の方が多いといえますね。それでも40%は人工林ですからね。

林業の課題にまつわるモアモア感

荻野:みなさんが身近に感じられるような話でいくと、スギ・ヒノキの花粉症がすごく増えていることが挙げられると思います。また、日本の林業が衰退して安い外国産の木材が入ってきて、みんな木の家具を使わなくなったり、木材で家を建てたりしなくなって木材が使われなくなってきたから、山に手が入らず、スギ・ヒノキが間伐もされず手も入れられず山が荒れていっていることも言われています。

また、スギ・ヒノキは実を付けないので、針葉樹の山では食べ物が手に入らないからクマがふもとに降りてきているとか、そういう問題をよく耳にするんですが、この辺りについてはどうお考えですか?

古川:そうですね、林業をちょっと知った人が陥るモアモア感がありますね。僕は、船井総研時代に学んだ、船井総研創業者である船井幸雄さんの「過去オール善」という言葉が好きなんですけど、過去はすべてよかったと思いましょうというところから紐解いていかないと、やれ花粉症だ、森が管理されていないという課題だけに目がいってしまうんですね。

人が山で暮らさなくなったことが問題

古川:日本の森林の40%、約1000万ヘクタールほどと言われているんですが、しっかりと手をかけて植えていっているのですが、そのうち20%ほどは江戸時代や明治時代から老舗でやってきているところで、残りの80%はほぼ戦後の拡大造林期のものと言われています。そのうち20%ぐらいはしっかり管理できているのですが、残りは所有者が管理せず誰かに任せていたり、任せているけれど何をやっているか把握していなかったり、管理できていないところが多くなっているんですね。

人工林を植えすぎたからクマさんが街に降りてきてしまった、というのは一概に否定できない面があります。なので今の国の施策としては、針葉樹の人工林が増えすぎたので、広葉樹に戻そうという動きもあります。

荻野:そういう動きもあるんですね。

古川:でも一番大きな問題は、人が山に暮らさなくなって、手を加えなくなったということの方が問題なんです。例え針葉樹の人工林であっても、手が行き届いてきれいな森は下草が生えて、花が咲いて、生物の多様性があって、木がしっかり根を張って、土壌も流出しない。

探偵業から始まる林業

古川:だから今の一番の課題は、山林を所有したのに全然手を入れていないという人が増えていることです。そもそも山がどこにあるかわからないという人さえいます。おじいちゃんが急に亡くなって、遺産を整理していたら、実はおじいちゃんが山を持っていたらしいということで初めて知る人もいるようです。

だから最初の林業って何だろうという話に戻ると、林業の最初の仕事って、みんな木を植えることから始まるのが林業だと思っていますが、実際は山の所有者を探す探偵業から始まっているんですよ。

山林所有者の平均年齢が70-80歳で、未登記もあって、これからは法律が変わって、相続登記が必須になっています。所有者が誰なのか、ということを明確にしないといけないのですが、それをまず追わないと林業そのものに手が入れられないという課題を抱えていて、行政もそこに力を入れています。

花粉症にまつわる問題

古川:戦後に植えたスギ・ヒノキが増えすぎたので、微妙に若いスギ・ヒノキが間伐もされないので、自分たちの命を残そうと花粉を出しまくっているという説もあります。もう少し間伐したら花粉も出ないんじゃないかって。でも基本的に山の中にいても花粉症にはならないので、スギ・ヒノキの花粉が都会の粉塵と混ざってアレルギーになっているのは間違いないと思います。

荻野:僕も絶対そうだと思っています。山の中に住んでいる人より、都会に住んでいる人の方が花粉症が多い気がする。

古川:もちろん、山の中に住んでいて花粉症の人もいますけどね(笑)。食べ物のアレルギーの要因も複合的ですよね。だから同じように人工林に手が入れられていないからいろんな問題が起きているってあんまり言ってほしくないです。江戸時代から続いている林業者は何回か持続可能な山づくりをしている。

僕は高野山での仕事もしているのですが、高野山は空海が開いて1200年になる山です。平成27年に開創1200周年というのがあって、800年代に消失した門を再建するというプロジェクトがあって、300年生のヒノキを十何本も切り出したんですね。僕たちからしたら、300年のヒノキをそんなに切るの?という驚きがあったのですが、高野山からすれば4サイクル目ですよ、という時間軸なんですよね。

だからどこの時間軸で持続可能と考えるのか、30年の森で回すのか、100年の森で回すのか、まだまだ諦めちゃいけないと思うんです。なるべく山に関心を持って、所有者が義務と責任をしっかり果たそうよ、と思っています。

荻野:問題は針葉樹を植林しすぎたことではなく、手が入れられなくなったことなんですね。

市場規模の小さい林業

古川:そうですね。関心がなくなった、要するに儲からないということでもあります。ここで林業の市場規模について考えたいと思います。農業8兆円、漁業1兆円に対して、林業は2500億円(木材生産額)しかないんです。その市場規模に対して、林野庁の補助事業(公共関係予算総額)は2700億円ある。

これをどう考えるかなんですが、森林整備などは森を守るためにやっていただく、准公務員的な仕事と考えて、国民の税金を使いながら木を植える、山を守ると捉えれば、山林所有者に対してもそんなに負担がかからないはずなんです。ちゃんと地元のいい林業会社さんや森林組合が山を守ってくれるんです。そういうことを知らない山林所有者もいるので、やっぱり知られていないことが大きな課題なんです。

荻野:その補助金は林業界の様々な企業、森林所有者、製材業などが対象ですか?

古川:どちらかというと山林所有者や山林管理、施業会社側の割合が多いです。

荻野:林業ってこの助成金がないと成り立たない産業になっているんですか?

古川:補助金というものも、山の基盤整備の費用と捉えたほうがいいと思いますが、戦後植えの小規模山林所有者は、補助金がないとほぼ無理です。ただし、わずながら、自分たちの経営努力で頑張っているとことろもあります。

2年後(令和6年)から森林環境税というのが1000円徴収されるのをご存知ですか?すでに国から全国の市町村に先回りして譲与税として配られています。僕も仕事柄この森林環境税をどう使ったらいいか、という相談をよく受けます。どうやっての前に、どうありたいか、どうなりたいかが大事で、消費者ともっとコミュニケーションを取るべきだと思っています。

荻野:国としては森林をなんとかしようと考えているのでしょうか?

古川:そうでしょうね。よくしようと考えているから森林環境税も導入しようとしているのでしょうから。その中には、所有者探しをしてくださいね、という予算も入っていると思いますが。山林の所有や相続については、もう少しスムーズになるように誰かが一元管理するような仕組みに持っていかなければならないのではないかと思っています。

後編へ続く

コラム製作 まっちゃん

広島県出身。大学卒業後、興味のあった中国へ語学留学し、そのまま4年間暮らし、改めて日本食のおいしさと日本文化の優しさを実感。帰国後すぐに上京し東京で13年間働く。結婚後長野県東御市に移住。宗教・歴史に興味があり、長野県移住後は諏訪地域の神仏習合や縄文遺跡にはまって散策しています。普段は玄米食で、一汁三菜の常備菜を食べ、早寝早起きの健康ライフを送っています。
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